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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和48年(行コ)1号 判決

控訴人(原告) 嶋毅一

被控訴人(被告) 高岡税務署長

訴訟代理人 服部勝彦 外四名

主文

1、本件控訴を棄却する。

2、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴代理人は「1、原判決を取消す。2、被控訴人が控訴人に対し、昭和四四年七月二五日高岡所第七〇一、同第七〇二号をもつてなした、昭和四二年分、同四一年分各所得税更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分中営業経費のうち日産サニー富山西販売株式会社の株式取得のため要した負債利子(昭和四二年分金一二〇万六〇〇〇円、昭和四一年分金一一四万三〇〇〇円)否認に伴う各所得金額所得税額の更正ならびにこれに関連する過小申告加算税の賦課決定各処分はいずれもこれを取消す。3、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

(主張)

当事者双方の事実上法律上の陳述は左に附加訂正する外は原判決事実第二、当事者の主張らん記載のとおりであるから、右記載をここに引用する。

甲(控訴代理人の控訴審における陳述)

一、控訴人の主張の要旨は、控訴人が訴外日産サニー富山西販売株式会社(以下「訴外会社」という、)設立のために投じた資金は控訴人の個人事業(嶋モータース)のための投資資金であり、これを賄うための借入金の利子は事実上の負債利子であるから、事業所得計算上の経費として扱うべく、これを配当所得を生ずべき元本を取得するために要した負債利子として損益通算から外すべきではない、というにある。

二、1、控訴人の右主張を明かにするためには事業所得の概念およびこれと他の区分所得との関係を先ず明らかにしなければならない。

2、昭和二五年法律第七一号による改正前の旧所得税法第九条一項では、その一号乃至八号において、利子、配当、不動産、給与、退職、山林、譲渡および一時の各所得につき規定し、その九号で「右以外の所得を事業等所得とする。」旨定め、「事業等所得」につきその内容を明記しなかつたが、一般的には事業等所得は、営利を目的とする継続的行為によつて生ずる所得として理解されて来た。然るに地方税の納税義務者の範囲を明確にする必要があつたこと等から「事業等所得」を「事業所得」と「雑所得」とに分けることとなり、その区別の基準は、社会通念上事業と認められる客観性、社会的存在性を保有するものは事業所得、その余は雑所得として理解されて来た。

3、所得税法も「事業」の定義を示していない。従つてその概念内容は、関係法令の規定の趣旨と課税理念に則り、その概念内容を解釈、決定すると同時に各種個人所得の性質を決定することにより、現実の所得を法定された区分所得のあるべき位置に位置付けることが必要であり、この位置付けは法の解釈である。

先ず法律の規定についてこれを見るに、配当金についても、株式等の継続的売買や買集めの場合の必要経費については特別の規定を置き、又山林の伐採や譲渡に因る所得は、譲渡所得としないでこれを山林所得とするが、この中継続的に伐採や譲渡を行う場合は特にこれを事業所得とし、不動産の貸付の場合にあつても業として行う場合は、それから生ずる所得を不動産所得としないでこれを事業所得とし、同様に金銭貸付を業として営むときは、それから生ずる所得は利子所得ではなくして事業所得である。

4、次にこれを徴税について見るに、継続して営利活動をなす者の受取る空箱、作業屑などの売却代金は譲渡所得や一時所得ではなくして事業所得であり、取引先や使用人に対して事業遂行上貸付けた貸付利子は利子所得ではなくて事業所得であり、使用人の寄宿舎使用料は不動産所得ではなく事業所得であり、商工業者が取引先から受取る贈与品は一時所得ではなくして事業所得であり、商工業者がその収益や経費の補償として受取る見舞金や立退料は一時所得ではなくして事業所得としてそれぞれ取扱われている。

5、これらを綜合して云えることは、現行所得税法の規定する一〇種の各所得のうち、利子、配当、不動産、給与、退職、山林および譲渡の各所得は所得を産み出す源を一定の財産又は行為に置いて居り、前記七種の各所得間の区分基準はそれぞれ特定の財産又は行為である。従つてこれら各種所得間に在つては、その何れの所得に位置付けるかは、譲渡所得と山林所得との間の場合以外は混迷は余り考えられないし、山林所得と譲渡所得との混迷については法律は明文の規定を置いてこれを避けている。

6、残る事業、一時および雑の三種の所得と前記七種の所得との区分原理は、所得の発生する根源を特定の財産又は行為に特定しないことであり、右三種の各所得間の区分基準は、先ず、一時所得と他の二種の事業および雑の各所得とのそれは営利性と反覆性の有無であり、残る事業および雑の各所得間の区分標準は事業を営む者の所得かどうかであるということに帰する。畢竟、事業所得における事業とは、営利性、反覆性および継続性を持つて統一された人的、物的組織の結合体で、客観的、社会的に事業と認められる程度に達したものを謂い、従つて事業所得とはこの事業から派生した収益から、これを産み出すために支出された経費を控除したものと解するのが相当である。

7、従つて、事業所得の内容を法律の規定に従つて、形式的にそれぞれ分類すれば、或いは利子所得、配当所得、不動産所得、一時所得等に該当するが、これを夫々の区分所得に当てはめることなく、一括して事業所得として構成する仕組になされている。若しそうでなくて、夫々の所得の中に当てはめるとなれば、事業所得なる項目の所得を設けた意味は失われるし、又事業所得の必要経費について特別の規定を置く必要もなかつた筈である。法律が山林所得および譲渡所得を特に除外したのは、この二つを除くその他の所得に形式上該当しても、これらは事業所得に包含させる趣旨であり、山林所得と譲渡所得を除いたのは、この二つについては特別の控除があるため、これを事業所得の中に包括させるよりは、山林所得、譲渡所得として取扱うことの方が納税者にとり有利であるからである。

8、それと同時に、支出されたものの中に形式的分類上他の区分所得の赤字に該当するが如くみえるものがあつても、事業に基づき必要に応じて支出されたものはこれを事業上の必要経費として事業収入から控除して事業所得の金額を算出すべきである。

そうだとすると本件係争の銀行借入金利子は、配当所得の赤字ではなく、事業所得計算上の必要経費と解するのが相当である。

9、被控訴人は、控訴人が本件株式を取得することが事業収入の増加に寄与したとしても、それは株式投資に通常一般的にともなう反射的、間接的効果に過ぎぬと主張するが、本件の場合は異常特別な結果を生じて居り、通常投資にともなう一般的な事業への寄与と同視することはできない。

10、又事業投資の形態には直接投資もあれば間接投資もある(自己の事業に関係のある以上は他の独立企業への出資でも差支えない。)が、その何れをとるかは単にテクニツクの問題にすぎない。(本件の場合も控訴人は最初直接投資するつもりでいたのがニツサンの方針により、やむなく訴外会社設立という間接投資の方法に切りかえた。)それ故、投資者のうける奉仕の形式にしたがつて配当所得としたり利子所得としたりするのは、経済の実質にそわぬものである。それにより享受する利益が事業の改善向上に志向されているときは、形式に拘泥することなく事業所得と解釈すべきであり、かく解釈することにより、個人所得と法人所得との間の差別をなくすることができる。

三、1、経済上の配当収入の中に、税法上の配当所得に該当するものと事業所得に該当するものとが存することを知るためには、企業主株主(事業に係る出資をなす者)と投資投機株主(事業に係りなく出資する者)(配当を志向する株主)との対比、企業主株主法人(すべての株主が企業主株主である法人)と投資投機株主法人(すべての株主が投資投機株主である法人)との対比をそれぞれ知ることが有益であると考える。

2、投機投資株主が専ら多額の配当を確実に受取ることと株価が値上りすることの二点に関心を抱くのに対し、企業主株主は株価の値上りには殆んど関心がなく、株式を売ることなど考えていないため株価が形成されていないのが通常である。そして企業主株主法人に在つては、株主が法人事業を個人事業と同様に見ているのが現状であり、投機投資株主法人に在つては、支払配当は債権者に対して支払う利子と同様の性格を持つものと感ぜられる(乙第二号証の一参照)。

3、所得税法は、総所得金額計算上、損益通算の制度を置いているが、配当所得の損失は通算されないことになつている。その理由として一般に認められているところは、元来株式に対する投資は、経常的な配当収入を得るという目的の他に元本の値上り(譲渡所得)を期待してなされるという性格を持つている。ところで現行法では株式の譲渡所得に対しては原則として非課税とされている。そこで株式取得のための負債利子の中には配当所得(その有無と将来の配当率とは未確定である)に対応する部分と株式の譲渡所得に対応する部分とがある筈であるからその全部を経費として配当所得から控除することは正しくない。そうかと云つて個々の株式毎に個別対応で元本取得のための負債利子を配当所得から控除することは実際上困難であるので、配当収入の限度内でのみ控除することとされている。

しかるに、かくして生じた配当所得上の損失を他の区分所得と通算すると、前記控除額の制限の措置が無効に帰してしまう、というにある。(乙第二号証の二、参照)

4、しかしながら右の理由は配当収入を志向する投資投機株主の保有する株式についてのみ妥当し、配当収入を志向しない企業主株主の保有する株式については妥当しないものである。これによつてこれをみれば、損益通算禁止の対象となる配当所得とは投機投資株主の保有する株式よりの所得のみを指すものであり、企業主株主の保有する株式よりの所得は右配当所得には該当せず、事業所得の一環となることを知り得るものである。

5、所得税法第二四条第二項には単に「配当所得を生ずべき元本」とあり元本取得の目的のことは記されていないけれども同法が一〇種の区分所得を立てている以上、或る区分所得概念は他の区分所得概念との相互関係の中において規定される訳であり、事業所得との関係を考慮するなら、ここにいう「配当所得を生ずべき元本」とはそのうち「配当を志向するもの」に限定して理解すべきである。

6、控訴人が訴外日産サニー富山西販売株式会社を設立し、その株主となつた目的は専らその営む個人企業嶋モータースの事業の進展にあつて、株式の配当を期待したものでもなければ、亦その株価の値上りを目当にしたものでもない。従つて控訴人は右訴外会社にとり、前記の企業主株主である。

而して、同時に株主となつた者も、訴外柴秀一を唯一の例外として、他も控訴人の家族を除いてはすべて控訴人とその目的を同じくする自動車修理業者であり、訴外柴秀一は控訴人の求めに応じ資金援助の趣旨で株主となつたものであり、これにより、株式配当を期待したものでもなければ、亦株価の値上りを期待したものでもない。

畢竟、訴外会社は、控訴人にとり主観的に企業主株主法人であるだけでなく、客観的にも企業主株主法人であることは明瞭である。

よつて訴外会社株式より配当収入を生じた場合でもこれは配当所得と解すべきではない。

7、被控訴人は、所得税法第二四条第二項は三七条第一項に対して特別規定的性格を有するとされるが、全く当らない。第二四条第二項は配当所得の金額についての規定であり、又第三七条第一項は不動産所得、事業所得および雑所得の金額についての規定であつて、配当所得とされるものについては第二四条第二項が、又事業所得とされるものについては第三七条第一項の規定が各適用され、その間に一般、特別の関係は生じない。問題は更に遡つて何が配当所得であつて何が事業所得であるかの認定に在る。配当金、貸室料、物品売却代金、補償金等と名がつき配当所得、不動産所得、譲渡所得、一時所得として他の区分所得の対象となり得るものであつても、それが事業という綜合概念に結び得られるものは一括してこれを事業所得とし、その業務のために要した支出を事業所得計算上の必要経費とすべきことは、所得税法が特に事業所得なる所得区分を設けたことに鑑み、自明の理であつて、その意味においては、第三七条は第二四条に対し特別規定であるとすることが相当であり、優先適用されるものと解すべきである。

8、而して事業所得を上記のように解釈するときには所得税と法人税との間の不合理な差別が消滅するから合理的な解釈というべきである。

事業主体としての個人は消費主体としての生活面を除いた継続反覆的に利潤追及をなす経済人であるから、経済主体としての法人との間に税法上差別を設けるべき理由はない。

又、事業所得のように反覆継続した行為による所得については、その損益を一体として把握する総体対応の考え方が相当であるとされて居り、又、青色申告制度により一定事業期間毎に損益を計算して課税所得金額を算定することが、個人事業者にあつても可能となつた。

よつてこの点からしても個人事業者と法人事業者とを税法上区別すべき理由はない。

尚、個別対応の原則についても、特定の源泉から生ずる所得に限つて課税していた往時には分類の意義は大きかつたが、あらゆる源泉から生ずる所得を課税対象とする現在にあつては所得分類の実益は減少したというべく、所得税法はあらゆる所得を一〇種に分類してその一つに事業所得を設け、収益の形式的な内容、性格を捨象して事業にまとめ得るものは事業所得に抽象した。法律は、事業の用に供されている資産の中、たな卸資産のようなものは譲渡所得ではなく事業所得と宣言し、判例も、貸金の譲渡担保として取得した不動産売却益は、金貸業に付随してなす営利行為により生じたときは事業所得であるとする(秋田地方裁判所昭和二七年四月一〇日判決)。このように見て来れば、事業所得と、利子所得、配当所得等とは一般、特別の関係に立つものと云うべく、継続的な利益追及活動による所産である点において法人の利益と個人事業者の所得との間に本質的差異はない。従つて個人と法人との間に謂われのない差別の生ずるようなことは極力避けるべきであり、これは税法全般を通じて適用さるべき公平負担の原則に奉仕する所以であり、近時論議されている所云「みなし給与」もこの試みの一である。

四、以上一切の主張にして理由がない場合でも本件借入金利子は雑所得の赤字に該当する。

本件借入金利息支払当時の所得税法では雑所得の損益通算が許されていた(その後、控除項目が必要経費かどうか区別がつけ難いものがある等の理由で現在は損益通算から除かれたといわれる。)から、本件借入金利子が事業所得の計算上の必要経費でなく、又、配当所得の赤字でないとすれば、それは雑所得の赤字とするのが相当である。よつてこれを控訴人の総所得金額の計算上損失として控除すべきであつたのに、これをしなかつたのは不当であるから、いずれにしても本件所得税更正処分は取消さるべきものである。

乙(被控訴代理人の控訴審における陳述)

控訴人の訴旨は、要するに、控訴人が日産サニー富山西販売株式会社(以下訴外会社)の株式を取得したのは、控訴人の個人事業たる嶋モータースの業績向上が目的であり、その株式からの配当の有無、多寡は全く考慮外であるから、そのような目的による株式取得のための負債利子は、所得税法二四条二項の株式を取得するために要した負債の利子として配当収入金額から控除さるべきものではなく、同法三七条一項により嶋モータースの事業所得金額の計算上必要経費に算入するべきである、というにあるようである。しかしながら、それは以下に述べるように、所得税法の関係法条の解釈を誤つた独自の見解である。

一、所得税額の計算過程中、損益通算において、事業所得金額の計算上生じた赤字は他の区分所得の金額と通算されるが、配当所得金額の計算上生じた赤字は他の区分所得の金額と通算されない(法六九条一項)。また税額控除において、利益配当等に係る配当所得は負債利子控除後の金額を基礎として計算した所定の金額について、その適用がある。

以上によれば、株式を取得するための負債利子を、配当所得の控除項目にするか、事業所得の必要経費にするかは、第一に損益通算を通じて、第二に税額控除を通じて所得税額に影響するのである。それ故、控訴人主張のような場合の株式を取得するための負債利子についても、配当所得の控除項目にするのか、事業所得の必要経費にするのか、あるいはまた両者に按分するのかを、所得税法自体明確に規定している筈である。

二、ところで所得税法三七条一項は、事業所得金額の計算上必要経費に算入すべき金額について、「事業所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他事業所得を生ずべき業務について生じた費用の額」としている。これは要するに、一般の会計慣行における費用収益対応の原則を適用して、収益に対応する全費用の額を必要経費に算入するとの法意である。従つて、本件負債利子が、仮に控訴人所論のとおり事業収益に対応するものであるならば、それは同条項の「事業所得を生ずべき業務について生じた費用」の概念に該当するものである。

しかしながら一方所得税法二四条二項は、「株式を取得するために要した負債の利子」は、配当収入金額から控除するものとしている。

そこで、そのような負債利子については、両者の条項のうちいずれが優先適用されるのか、はたまた適用上優先劣後がないかの検討を要するのであるが、これも所得税法の規定に則して専ら検討されなくてはならない問題である。

三、所得税法二四条二項および所得税法施行令五八条によれば、株式を取得するために要した負債の利子でその年中に支払う額を一二で除し、これにその年において当該負債により取得した株式を有していた期間の月数を乗じて計算した金額を配当収入金額から控除する旨規定している。

そしてこの場合、右条項による所定の金額については、必ずその全額を配当収入金額から控除すべき旨を明規したものであつて、仮にその負債利子が同時に「事業所得を生ずべき業務について生じた費用」にも当るとしても、その全部又は一部を配当収入金額から控除せず、事業所得の必要経費に算入するという選択を禁止したものと解釈せざるを得ないのである。けだし、所得税法は別に六九条一項で、事業所得の赤字は損益通算の対象としながら、配当所得の赤字は損益通算の対象外としているのであるから、もしも右のような選択を許すとすれば、その選択によつて損益通算の対象外の赤字をその対象となる赤字の方へ自由自在に移動できることとなり、例へば、配当収入金額から控除できると見たときはそれから控除し、控除し切れないと見たときは事業所得の必要経費に算入し、その結果事業所得が赤字になれば損益通算の適用を受けうることになるのであつて、これでは六九条一項が損益通算の対象たる区分所得を法定した趣旨が全く没却されてしまうからである。

なお、所得税法二四条二項かつこ書きは、有価証券の継続的取引から生ずる所得及び有価証券の買集めから生ずる所得の基因となつた有価証券を取得するために要した負債の利子を配当所得の控除の対象としないので、これらは事業所得または雑所得の必要経費となるが、所得税法基本通達二四―六は、当該負債利子を前記二者の所得の基因となつた株式等を取得するために要したものとその他のものとに明確に区分することができないときは、その各々の収入金額を基準に按分することとしている。しかしこれは、前二者の負債の利子が、所得税法上事業所得や雑所得の必要経費に算入すると定められていて、配当所得の控除項目にならないと定められているためであつて、本件のような場合にいささかも参考になるものではないことを念のために付言しておく。

四、このような意味で、所得税法二四条二項は三七条一項に対して、特別規定的な性格を有するものであつて、特別規定は一般規定に優先するという法理により、両者に競合して該当する経費については、前者が優先適用されるものと解釈するべきである。

五、以上によれば、訴外会社の株式を取得した目的が仮りに控訴人主張のとおりであつたとしても、本件負債利子を事業所得の必要経費に算入することは、所得税法上許されないことは明らかである。

六、控訴人は、訴外会社の株式を取得したのは嶋モータースの業績向上が目的であり、その株式からの配当の有無、多寡は全く計算外であるから、本件負債利子は所得税法二四条二項にいう「株式を取得するために要した負債の利子」に該当しないとされるようであるが、全く理解に苦しむところである。同条項は、「株式その他配当所得を生ずべき元本を取得するために要した負債の利子」と規定しているが、こゝに「配当所得を生ずべき元本」とは、元本の属性に基づき元本の種類を限定する趣旨であつて、元本を取得する目的や動機とは関係ないし、まして、将来現実に配当が期待できる可能性の程度などは全く関係がない。それ故、控訴人がどのような目的、動機、期待のもとに株式を取得したものであろうとも、株式を取得したのである以上、そのために要した負債の利子は同条項の負債の利子に該当するのである。

七、原判決は、租税法の一般的な理念たる実質主義の観点から、検討を加えている。成程、個人事業主が自己の事業の一部門に借入金を以つて新規投資をするに当たり、その事業部門に形式だけ会社の外被を着せて、その会社への株式投資という迂回した法的形式をとつた場合には、その借入金利子は、経済的実質に則して、株式取得のために要したものではなく、自己の事業資金獲得のために要したものとして、事業所得の必要経費に算入すべきだというのも、まことにもつともな発想である。しかしながら、原判決が詳細に認定説示しているように、訴外会社は経済的実質的にも嶋モータースから独立した企業主体であつて、現に利益配当を実施していることの一事をもつてしても、到底嶋モータースの事業の一部門への投資とは認め難いのである。

(証拠)〈省略〉

理由

一、控訴人が、嶋モータースの商号により自動車の販売、修理を業とするものであり、訴外会社の設立にあたり借入金によつて金一三〇〇万円を出資して同社の株式を取得するとともに代表取締役となつたこと、控訴人が、昭和四一年、同四二年分各所得税の申告にあたり、右借入金の利子昭和四一年分金一一四万三〇〇〇円、昭和四二年分金一二〇万六〇〇〇円を、右嶋モータースの業態改善のための必要経費として、総収入金額からその金額を控除して申告したところ、被控訴人は右負債利子を事業所得の必要経費と認めることを否認して、控訴人主張のとおり両年度分所得税を増額する更正処分とこれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分をなし、その内容が別紙課税処分表記載のとおりであつたことおよび控訴人主張のとおりの経過で右処分に対する異議申立と異議申立棄却決定ならびに審査請求と審査請求棄却裁決がなされてその旨控訴人に通知されたことは何れも当事者間に争いがない。

二、控訴人は訴外会社設立時の前記出資および右出資金の借入れは控訴人の個人事業の業態安定のためなされたと主張するから、右出資ならびに借入れの実情につき証拠を考えるに、成立に各争いのない甲第三号証、第五、第六号証、乙第一号証、原審証人石川好則、同嶋三男の各証言の各一部、控訴本人の原審での供述の一部、控訴本人の当審での供述に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人は、終戦後間もなく、富山県新湊市において嶋モータースの商号で各種自動車の修理、販売業をはじめ、その傍ら訴外東洋工業株式会社の特約店たる訴外株式会社富山マツダ自動車の副特約代理店となりマツダ製車種(主として軽自動車)の修理、販売にも従事していたが、昭和四一年ころ右特約店において直接営業所を設置して販売事業に進出する情勢であるとの噂が出た上、当時、業界の動向が軽自動車より大衆車(排気量八〇〇ないし一〇〇〇CC級の普通車)に移つてきたので、嶋モータースの将来に不安の念を抱いていたところ、たまたま、訴外日産自動車株式会社が大衆車サニー(一〇〇〇CC)を売出すにつき富山県一円の特約店を求めていることを知り、嶋モータースの将来の安定を期するためには右特約店の指名を受けるほかはないとの経営判断から右指名獲得のための交渉をなすに至つたこと、そのようなことから、当初控訴人としては、特約店の指名は嶋モータースにおいて得たい考えであつたところ、右交渉過程において、日産自動車株式会社から特約店たる資格要件として、資本金四〇〇〇万円以上の株式会社であることとの条件が示されたが、資金調達の都合もあつて同社と折衝した結果、取敢えず資本金二〇〇〇万円で富山県西部地区を担当する会社で発足することを許容され、併せて、新会社の資本は控訴人において指導権をとりうる資本構成とすべきことが要求されたので、ここに控訴人は新会社を設立して同会社で右特約店の指名を受け嶋モータースの事業は逐次新会社に移して行くことを決意し、富山県下の同業者らとも相談のうえ、控訴人は嶋モータースの資産や実弟嶋三男の不動産などを担保として取引銀行の富山銀行から新会社設立資金として金一三〇〇万円の融資を受けこれをそのまゝ新会社に出資して株式一万三〇〇〇株を取得し(但し、うち四九五〇株は実弟嶋三男名義、五〇株は同人の妻嶋幸子名義)、残り七〇〇万円については、控訴人の同業者で同じくマツダの副特約店もあつた訴外狩野モータースこと狩野秀雄ほか三名および従来嶋モータースの敷地所有者で永年控訴人と親交があり、指名獲得にも尽力してくれた訴外柴秀一の協力を得て右全額の出資を受け、昭和四一年四月訴外会社(商号、日産サニー富山西販売株式会社)(目的、自動車の販売修理等)を設立してその代表取締役となるとともに、日産自動車株式会社との間に製品特約販売契約を締結して訴外会社が特約店の指名を受けたこと、右契約によれば、訴外会社は他社製自動車等の取扱いを禁止される反面、日産製自動車等の保証、アフター・サービスが義務付けられ、営業所、店舗、サービス工場等を設置すべきものとされ、かつ、日産自動車株式会社の承認を得たときまたはその要求があつたときは副特約店または指定サービス工場を設置すべきものとされており、これにより、訴外会社は本社を嶋モータースの営業所内に置き、射水郡大島村に直営工場を設置したほか、嶋モータースを新湊地区一帯担当の指定サービス工場となし、嶋モータースの販売部門の従業員数名を迎え入れて営業を開始したこと、その後訴外会社は、本件各係争年度には利益配当こそ出来なかつたけれども徐々に業績を伸展し、昭和四五年一〇月には資本金を四〇〇〇万円に増額して富山県一円を担当する特約店となり、同時に商号を日産サニー富山販売株式会社と変更し、本社を富山市田中町に移転し、従業員も逐次増員して現在一六〇名位を擁し、直営工場も県下に五ケ所を設置する運びとなり、昭和四五年には株式に対する利益配当も可能となり、役員報酬の支給もするなど極めて順調な発展をなしたこと、一方嶋モータースは訴外会社の設立と共に前記マツダの副特約店たる資格を取消された外、販売部門の従業員は訴外会社に移籍し、以後修理部門の営業のみが続けられたが、その業績は昭和四四年度迄は漸次向上したものの、四五年度より低下して同四六年、四七年度は赤字となり、昭和四八年末で修理部門も閉鎖して従業員ならびに営業をすべて訴外会社に移したこと、斯様に嶋モータースの従業員を訴外会社に移籍することは訴外会社設立当初からの考えに基づくものであること、以上の各事実が認められる。原審証人石川好則、同嶋三男の各証言、控訴本人の原審での供述中右認定に牴触する如き部分は措信し難く、他にこれに反する証拠もない。

控訴人は訴外会社設立により嶋モータースの業績も安定向上したと主張するが、訴外会社設立後の嶋モータースの業績は前に認定したとおりであり、昭和四四年迄の業績向上も、当時の自動車業界の一般的伸びを考えると、果して訴外会社設立に原因を求め得るものか否か不明といわなければならず、むしろ前記認定によれば、嶋モータースは訴外会社設立当初からの控訴人の計画にしたがい漸次縮少されて遂に実質的には営業を廃止するに至つたものというべきである。

控訴人は本件において、訴外会社設立(株式取得)資金は控訴人の個人事業(嶋モータース)の業態改善(安定向上)のための投資であると主張するが、前記認定事実によると、控訴人は最初はニツサンとの提携による個人事業の業態改善を企てたが、ニツサンの要請により訴外会社設立の決意をすると同時に、個人事業の方は逐次縮少解消する計画を樹て、右計画どおりに実施されたものであるから、嶋モータースと訴外会社とを同一視しない限り、訴外会社設立資金を個人事業の安定向上のための投資となす控訴人の主張はたやすくとり難いところといわなければならない。

おそらく控訴人の主観においては、訴外会社といつても均しく控訴人の事業であることにかわりはなく、個人事業形態では行詰つてきたので法人形態を借りて発展をはかつたに過ぎぬと解しているのであろうが、訴外会社が実体は控訴人の個人事業で税法上も法人格否認の認められる会社であることを認むべき証拠はなく、そうである以上は控訴人個人事業と訴外会社とを会計上或いは税法上同一視することもできぬものである。

しからば控訴人の訴外会社への出資は控訴人の個人事業の必要のため(その業態改善のため)になされた旨の控訴人主張事実は、直ちにはこれを認め難いものといわなければならない。

三、而も控訴人主張の訴外会社への出資が経済的には控訴人の個人事業の必要のためなされたと認められた場合でも、右出資(株式取得)のための借入金利息を控訴人の事業所得のための必要経費とすることは税法上許されぬところと思われる。その理由は次のとおりである。

1、控訴人は個人事業者が事業上の必要から法人に出資したところ、右出資に対する配当の形式で収入があつた場合には、これを配当所得として扱うべきでなく、事業所得の一部として扱うべきものであると主張する。

しかしながら右の考え方は当時の所得税法第二四条第一項の文理に反するばかりでなく、次の二点において不都合を生じるから採用できない。

第一に現行法上配当所得が他の所得から区分されている理由は、法人税との間の二重課税を避けるため法人からの収入につき配当控除(所得税法第九二条)をする点にある。右の二重課税の可能性は、純粋の投機投資株主の有する株式(投機投資目的で取得せられた株式)についてだけに限られる訳ではなく、いわゆる企業主株主の有する株式(企業支配目的で取得せられた株式)、自己の固有の事業に関連して又はその事業活動のために所有する株式についても同様に存在するから、これらの株主の有する株式に対する配当収入も、均しく配当所得に該当するものと解すべきである。

次に控訴人の主張するような場合の配当収入を個人事業者の事業所得の一部分と解する場合には、右部分も事業税の対象となるものと解さなければならぬと思われるが、その場合は法人の所得につき既に事業税が課せられているのにその所得の分配である配当につき再び事業税が課せられることとなり、不合理であるといわねばならない。

控訴人は事業から派生した所得は他の区分所得に形式上該当するようにみえる場合でもこれを一括して事業所得に構成すべきだと主張するが、少なくとも「法人から受ける利益利息の配当」に関する限りは右記の理由で右控訴人主張をとり難いものである。(所得税法施行令第六二条第四項所定の収入金額は協同組合等の組合員に対する仕入割増又は売上割戻の性質を有するもので、協同組合等の利益配当の実質を有するものではないから、これを組合員の事業所得にかゝる収入とすることは前記立論の妨げとはならない。)

2、又、控訴人は法第二四条第二項の法意は、当該年度に配当収入のあつた場合は配当元本取得のための負債利子を控除し得ることを定めたにとどまり、配当元本取得のための負債利子を他の区分取得(たとえば事業所得)の経費とすることを禁じた趣旨ではない、と主張する。

経済的には、配当元本取得のための負債利子が事業所得を得る必要上支出される場合もあり得ると思われるし、法第二四条その他をみても、かゝる場合に配当元本取得のための負債利子を事業所得のための必要経費とすることを直接禁止する規定は見当らない。

しかしながら所得税法がその第二節第一款において各種の区分所得毎にその計算方法を個別的に定めて居るのは税法上認め得る費用を収益との対応関係において定めたものとみるべきであり、同法第二四条において、配当元本取得のための負債利子は配当所得計算に際し配当収入から控除すべき、いわば配当所得上の経費として扱われていること、配当収入額が配当元本取得のための負債(年間)利子額より多いときは、その残高が配当所得となり、この場合は当然、配当元本取得のための負債(年間)利子を事業所得の経費とすることの許されぬこと、当該年度の配当収入が配当元本取得のため年間利子より多くなるか少なくなるかは納税者にとつては全く偶然の事態といわねばならないのに、配当収入が配当元本取得のための負債(年間)利子より少なくなつた場合にだけ右負債(年間)利子額を事業所得の経費とする合理性の見出し難いこと、これを認めた場合はむしろ同法第六九条第一項が配当所得の計算上生じた損失については他の各種所得(たとえば事業所得)の金額に通算することを認めなかつた趣旨に反し、同規定を潜脱する結果を生じること、等を考え合せるときには、配当元本取得のための負債(年間)利子が、経済的には事業所得を得るための必要経費と認められる場合でも、税法上は事業所得の必要経費と認めない、というのが現行所得税法の建前と考えられ、かように解するのが租税法律主義に則した解釈と考えられる。

控訴人はその主張するような所得計算方法をとることが個人事業者と法人事業者との間の税制上の処遇の差別をなくすることになり、実質課税の原則に叶つた合理的な解釈である旨主張している。

しかしながら控訴人のいう企業支配のための株式取得の経費(負債利子)を事業所得の経費とみることについての法律的難点が解決されたとしても、もともと、企業支配のための株式取得と投資投機目的のための株式取得とが峻別できる訳のものではなく、両者は流動的な概念であるから、控訴人の主張するようにこの両者を徴税上区別しようとするならば却つて実務上混乱を招くものと思われ、合理的な解釈とは考えられない。

もつとも控訴人のいうように法人(事業者)については総体的な費用収益対応の原則がとられるのに対し、個人事業者については個別的な費用収益対応の原則がとられかつ損益通算も制限せられる結果、両者の処遇上、差の出る場合のあることは認められるが、元々課税所得を如何に把握し如何に計算するか、損益通算を行なうか否かはすべて立法論に属する問題であり、現行所得税法がこの点につきとつた態度も必ずしも理由なしとはいえない以上、現行所得税法の建前に反して控訴人主張のような計算方法をとることは実質課税の原則を考慮しても解釈論として行き過ぎであるといわなければならない。

四、控訴人は本件借入金利息を事業所得の経費にできない場合には、雑所得の経費として控除し、よつて生じた損失を他の区分所得と通算すべきであると主張する。

しかしながら右借入金利息は前述したとおり、当時の所得税法第二四条にいわゆる配当所得の経費とみるべきものであるから、これを同法第三五条の「………配当所得………のいずれにも該当しない所得(雑所得)」の経費とみるべきいわれはない。第一、控訴人は右借入金利息を如何なる具体的な所得(雑所得)の経費とみようとするのか明らかでないから、控訴人の右主張はこの点で主張自体失当なものといえる。

五、上記の次第で被控訴人が本件負債利子を控訴人(嶋モータース)の事業所得計算上の必要経費と認めることを否認し控訴人に対しなした昭和四一年、同四二年分所得税の各更正処分とこれに伴う各過少申告加算税の賦課処分は適法であり、これを違法とする控訴人の主張はすべて理由がない。よつて右処分の取消を求める控訴人の本訴請求は失当でありこれを排斥した原判決は正当で本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 夏目仲次 山下薫)

別紙〈省略〉

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